Building Building

写真家・林雅之との仕事は、私が独立後最初に完成した建築の竣工写真を依頼したことから始まる。竣工写真とは、建築としての機能が動き出す前に、完成した建築空間を純粋なまま記録するために撮影される写真のことである。
建築の世界での竣工写真は、建築の最終成果物のひとつとして、ある決まった様式に従ってつくられてきた歴史がある。
その様式に疑問を抱き、新たな様式で竣工写真を残せないかという思いが当時の私にはあり、その思いが林と出会うきっかけを作ってくれた。
独立後、私が計画したプロジェクトのほとんどの竣工写真の撮影を林に依頼してきた。なぜ毎回同じ写真家に依頼し、常に新しい形での竣工写真を残そうと思い続けたのか。その理由は、彼の撮った写真のなかに、自分が設計した建築の『新たな姿』を見つけ出せたからだと思う。

設計という仕事は、長時間にわたって計画に携わらねばならない。だから、完成した建築に対して達成感はあったとしても、正直なところ、出来上がった空間を見て感動するということはまずない。なぜなら、竣工時の映像は計画途中ですでに自分の頭の中で完成しており、頭の中に存在するその映像を、完成した建築を通して検証しているだけにすぎないからだ。林の写真は、その状況に新たな感動を与えてくれた。それはたとえるならば、マクロレンズで撮られたミクロの世界を初めて見る感覚に似ているかもしれない。林の写真は物理的な建築ではなく、私の思考過程をも見事に切り撮ってくれた。私が意図した建築の構成(ストラクチャー)が、林の目を通して写真という形に姿を変え、『作品』になっていたのだ。
建築の設計行為は、新しい計画の提案、新しい素材の検討、新たな構造の試み、完成時の映像を少しずつ頭のなかで更新・再編集しながら進んでゆく。そして着工したその日から、現場は日々刻々と形を変え、1日たりとも同じ形状を保つ事はなく時が経過してゆく。その一瞬一瞬を目の当たりにすることは、私にとって無上の喜びのひとつである。しかし、残念なことに、その一瞬一瞬の状況は、現れてはすぐさま別の姿に変わり、一瞬現れただけの無数の風景は、そこにとどまることはなく消えてゆく。

Building Buildingの作品は、習作とでも呼ぶべきものが存在する。誰の目にも触れることがない建築の成長過程を林に撮ってもらいたいと思い、定点観測とまではいかないが、基礎の状態から構造が立ち上がるまでの過程を撮影してもらったのがそれだ、その作品はさまざまな理由から形になることはなかったがその後、林が、その竣工写真で与えてくれた感激を、工事期間中を通じて維持し、作品化することはできないものか、自分の頭の中で構成された、ありきたりの映像を超えた『建築写真』を見ることはできないものか。
そんな思いから私は、林に東京立川のシネマコンプレックス『CINEMA TWO』の工事途中の現場に招いた。その結果生まれたプロジェクトが、Building Buildingである。このプロジェクトが、私自身にとって、そしてきっと林にとっても、建築写真の新たな可能性を感じとる契機になったのではないかと思う。
時間にしてわずか数日の間にこれらの写真は撮影されている。このような写真作品が生み出されことは、ひとえに林自身の意思に基づく。また、完成した建物の『竣工写真』を林があえて撮影しなかったことは、なかば暗黙の合意の上のことであり、私もあえて依頼はしなかった。ゆえに、この建物の『竣工写真』は、今にいたるまで存在しない。

Building Buildingは、建築家自身のコントロールさえ及ばない、予想外の建築の姿が映し出されている。通常の建築写真というものは、その建築が姿を消さない限り、同じような写真を撮ることは原理的には可能だ。しかし、ここに撮り下ろされた建築の写真は、もう二度と撮影することはできない。過去に存在した人物のポートレイト写真を見るような感覚を、私はこの写真に覚える。

                                                          武松幸治 建築家



TITLE
Building Building
CATEGORY
Self Initiated Project
OUT PUT
Exhibition
DATE
2010.04.16 - 04.25
VENUE
Spiral Garden
COOPERATION

武松幸治+E.P.A 株式会社ワコールアートセンター シネマシティ株式会社

株式会社モデュラージャパン 銀一株式会社 nabis    株式会社オノウエ印刷  

櫻井事務所 若林 恵 嘉村真由美(株式会社アソボット

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