天孫降臨の地である高千穂を撮影する機会をいただき、訪ねることになった。
高千穂は、日本神話によると天孫である瓊瓊杵尊 (ににぎのみこと) が葦原中国 (あしはらのなかつくに) を平定するために
天照大御神 (あまてらすおおみかみ) の命を受けて降臨したと伝承されている日本有数の聖地であり、
多くの神々が登場する神話も現代に言い伝えられている。
九州のほぼ中央に位置し祖母連山をはじめ周囲を奥深い山々に囲まれた盆地地形であり
四季折々に彩りづく高千穂峡をはじめ、秋日の早朝には高千穂を覆い尽くす雲海を望むことができる。
この時期から厳冬にかけて村々で始まる神事である夜神楽 (よかぐら) の鑑賞にも多くの旅行者が訪れる。
高千穂には神を祀る神社が八十八社存在しており、この地で生活を営む人々の心を支えている。
また、神々の宿る聖地巡礼の地としても多くのひとを迎え入れている。
神は、社や御神木だけに留まらず山々の頂や植生する樹木、山から流れでる川の水、雲や天空まで広がり
自然界のすべてに宿るとも言い伝えられているが、神々のお姿は決して眼に見えることはなく、
故に写真に写ることもないであろう。
想像するに無色で透明なお姿をしておられるということになる。
この地へ導かれ滞在の時間を重ねるにつれて華やかな観光地としてのイメージは次第に薄れ、
いつしか私の脳裏に無彩色の静寂だけが記憶されていったのである。
高千穂という聖地がみせてくれる天から地までの光景を人間の欲望による所業のない景色として感じてしまうのは、
ものごとの本質を見抜く神々がそこに存在しているからなのだろうか。
自問自答しながらもこの地に幾度となく足を運び、色彩の感情がないモノトーンの写真で描写することにより、
肉眼では見ることのできない聖地に宿る豊かな精神を感じたような気がするのである。
林 雅之