the secret life of mannequins

マネキンは、FRP製の原寸大のひとがたである。
粘土で原寸の原型をつくるところから、マネキンづくりははじまる。「マネキンの原型をつくるとき、何をイメージしますか」と原型作家に訊ねたことがある。「その年その年のテーマによって変わってきますが、やはりどこかで好みの女性をイメージしてしまいますね」明快な答えであった。次いでディテールも考える。たとえば「ちょっと性格の悪い小悪魔的なおんな」といったキーワードだ。いくらかの制約があるとはいえ、自分の好みにあった女性をつくりだすのだから、原型作家はなかなか楽しい仕事のように思える。しかし、マネキンは彫刻作品ではない。マネキンは着用している服を売るのが使命であって、マネキン自体は商品ではない。百貨店のショーアップされたウインドウに立つマネキンの姿はエンターテイナーではあるけれど、往来を歩く女性の眼を、着ている服に釘付けにしないことには仕事をしたことにはならない。ここにマネキンという存在の本質的なジレンマがある。
  
マネキンの眼には良く見ると白いキャッチライトが描きこまれている。その両眼のハイライトの位置は微妙にズレている。そもそも両眼に映りこんだキャッチライトを人間同様に左右均等に描くのは技術的に難しいそうだが、結果的にその左右のズレが、見る人にマネキンに直視されている意識を与えないという効果を生む。わかりやすく言うと、どこを見ているのかわからないのだ。見るひとにその存在を意識させないこと。透明であることこそがマネキンの使命なのだ。

しかし、没個性というわけでは決してない。その証拠にマネキンにはれっきとした名前がある。最近のものだと、カサドラ、フォルテ、メイリー、ロンド。どれも素敵な名前だ。ナオミやツバキ、リサという日本名をもつマネキンもいる。漢字で書くと、奈穂美、椿、理沙、といったところだろうか。レイという名のマネキンは、「綺麗」の麗の字から名前がとられた。マネキン会社のひとたちは、彼女らを「ちゃん」づけで呼ぶ。プロポーションも、ポーズも、表情も様々。クールな子もいれば、コケティシュな子もいる。品番や型番で呼び捨てるには、彼女らはあまりにチャーミングで個性的だ。
  
マネキンの肌の塗装はオーダーメイドなので、世界中のあらゆる女性の肌の色をまとうことができる。水着を着せるために褐色に日焼けしたり、透けるような白い肌に変身することもできる。マネキンはさまざまなオーダーにあわせて「お色直し」を施されて出庫されるが、その際、新しい肌色は常にかつての肌に上塗りされる。だから売れっ娘のマネキンは、仕事のたびに塗装が繰り返され、美しいボディにもラッカー塗料の皮下脂肪がつき、気がつけば、その厚さは10mm以上にもなってしまうのである。肉厚の体になってしまったマネキンは、顔も体も生まれた当時の面影はなく、体重も増え、いつしか何処からも出演依頼がなくなり廃棄を待つ身になってしまう。売れっ娘マネキンゆえの悲しい結末である。マネキン会社のひとたちは、あの可愛かったマネキンが歳をとったと嘆くのである。それでも彼女はまだ幸せなほうかもしれない。

リアルなメイクを施されて華やかなショーウインドウに立つ彼女たちには帰る家がある。商品センターと呼ばれている、元々飼料倉庫だった老朽化した建物がそれだ。帰宅したマネキンは両腕とウィッグを外されて、指定された自分の場所で肩身を寄せ合い、光の差さない肌寒い部屋のなかで次の指名をひたすらじっと待ち続ける。なかには指名がなく、長い間埃を被り続け、華の舞台に立つことなくこの世を去っていくマネキンもいる。 顔や体に痛々しい大きなダメージを受けているマネキンも少なくない。ダメージの大きいマネキンは修復されずに倉庫の片隅に寂しく放置されていく。薄暗く冷えきった倉庫のなかで、無防備に肢体をさらけ出し、静かに微笑みながら息をひそめている、傷つき痛んだ彼女たちを見ていると、 なんだかとても切ない気持ちになる。
  
薄暗い倉庫を彷徨っていると、何処からか自分への視線を感じることがある。マネキンを見ているはずが、いつしかマネキンに見られているのだ。はっとして振り返ると、視線の主は傷ついた顔でじっとこちらを見返している。マネキンたちは、外の世界で出会った人々の感情を背負ったまま、この家に帰ってくる。そして彼女たちは、どういう訳かその空洞の体にいつも悲しみばかりを湛えて戻ってくる。透明で空虚なはずの彼女たちが悲しげにみえるなんてことがどうしてあるのだろうか。そんなことが気になり、長きにわたって彼女たちの家に足しげく通うこととなった。彼女たちが語りかける無言のメッセージに向けて夢中にシャッターを切っているうちに、気がつけば10年以上もの歳月が流れた。
  
老朽化した倉庫はやがて建て替えられることとなったが、役目を終えたマネキンたちは静かに粉砕器のなかに身を投じ、産業廃棄物となって地中深くで眠りについたのである。
                       
                                                               林 雅之


TITLE
the secret life of mannequins
CATEGORY
Self Initiated Project
OUT PUT
Exhibition
DATE
2010.01.27 - 02.07
VENUE
Gallery LE DÉCO
COOPERATION

株式会社七彩 銀一株式会社 Inteli Coat Technologies    株式会社オノウエ印刷

櫻井事務所 若林 恵 嘉村真由美 (株式会社アソボット)

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